5年後 X世代

買い替えたばかりの山吹色のワンボックスカーに、仲卸業者から届いた季節の花を積み込んでいく。箱に入れられていても、命のある生花はさわやかな緑の香りを放つから、車の中は私が子どものころから憧れていた「お花屋さんの匂い」になる。

 

 今日は市内のレストランでグループレッスンを2クラス指導する。本格的なフレンチの店で、ランチタイムのラストオーダー午後1時のお客様が帰ると、ディナータイムまでは店を閉める『アイドルタイム』となる。

 そのアイドルタイムの午後2時から5時までの時間、予約客用の個室を借りて、私はフラワーアレンジメントスクールを運営している。スモールビジネスの自営業者だ。

 

 花が好きだった。とてもとても、好きだった。

 それなのに、高校卒業後は地元のサービス業に就き、26歳で結婚を機に退職するまで続けた。

 その仕事をしながら、22歳からの3年間は、県庁所在地にあるスクールに通って、本格的にフラワーアレンジメントも習い、発表する機会もあり、受賞したこともある。でもそれが、仕事になるとは思えなかった。

 

 生花の仕入れは一般人にはできなかった。会費や登録料という名目のお金を当時でも20万円程度収めると、各地にある花卉市場に出入りできるようになる。決まった曜日に競りがおこなわれるその日に出向いて仕入れてくるしかないということは、当時の私も知っていた。

 

 会社が休みの週末に、たまに準備や片づけを手伝うアシスタント的な立場になってから、先生に尋ねたことがある。

「どうやって、このスクールを始めたんですか?」

 

「ん?ああ、うちは実家が元々花屋だったしね。どうせあとを継ぐなら、自分がやりたいスタイルにしたかったから。イギリスでフラワーアレンジメントを学んできたことは知ってるよね?」

 

「はい。すごい行動力ですよね!あの、生徒さんってどうやって集めるんですか?」

 

「できるだけ、知り合いの店とかに、パンフレット置かせてもらったりしてるけどね。でもやっぱりそれだと維持していくのが大変だから、定期的に広告も出すよ。タウン誌とか。年間で80万円くらいかな。りっちゃんも、タウン誌見て来てくれたんだったよね?」

 

「あ、はいそうです!素敵なアレンジの写真にみとれちゃって。遠いけど通おう、って思ったんです。あれって広告なんですか!」

 

「そうだよ。わからなかった?あれはカラー写真のページだから特に高いんだよね。1回15万円かな」

 

 その頃の私のお給料は手取りで12万円くらいだった。広告費に15万円、と笑顔で話す先生の背中を見ながら、やっぱり無理だ、と確信したことを覚えている。

 

 5年前、もう寝ようと思いながらスマホでInstagramを眺めていて、気がついたら【お家でお仕事・基礎の基礎】という無料講座に申し込んでいた。

 風船業で起業した経験があるというキャリアコンサルタントの女性で、名前も本名だし。そのときはただ『無料だし、怪しい業者じゃなさそうだし』という感じでメールアドレスを記入しただけだった。

 

 ネットビジネスなんて、自分とは関係がないと思っていたけれど、すでに5年前のそのとき、ネット上に自分の情報がないことは、逆に「怪しい人」のような空気になってきてはいた。私も当時はTwitterで気が向いたらつぶやいていたけれど、知り合いの女性や気になる芸能人などがアップするものを見ている時間のほうが長かったと思う。

 パソコンのキーボード入力をブラインドタッチできないくらいだった。夫とPCを共有するのが嫌で、娘や息子のように、自分のPCを購入したいと考えていたころだ。

 

 無料講座の後に、【 Just the beginning 】受講を決めた。誰に遠慮することなく、ノートPC も購入した。

 

 当初は、オンラインのPC教室で基礎的なことを学ぶことと、ブログ記事を書くことを並行していた。ブラインドタッチはすぐに慣れた。

 わたしのオウンドメディアは、フラワーアレンジメントの情報が中心になった。アレンジしていく手順をわかりやすい写真にして説明していく作業は、慣れないうちは時間もかかったけれど、だらだら意味のない時間を過ごさない自分が好きだと思った。

 そして、こんなにも私、花が好きだったのに、今まで何してたんだろうと思った。

 

 …それから5年。こうして自分で買った車のハンドルを握っている。育児が一段落してから再就職した中小企業の仕事を辞めたのは1年前だ。

 最初は週末などの休日に、副業としてオンラインレッスンをしていた。

 

 休日に娘からの買い物の誘いを断って、一日中パソコンに向かっていると、夕方帰ってきた娘が「タイピングめっちゃ早くなったじゃん」と言ってくれて、そのことがすごく嬉しかった。

 「今日、奈々子のうちで遊んでたんだけど、奈々子のママ、人差し指でキーボード打ってたよ、美人なのに」と話してくれた。美人とタイピングとの関係はわからなかったが、学校でタイピング練習をする娘世代と違って、自分を誇らしく思った。

 

 「おはようございま~す、今日もよろしくお願いします」

 フレンチレストランの厨房に続く通用口のドアを開けながら挨拶をすると

 「はいはい、今日もよろしくね」

 火元まわりを拭き掃除しながら、真っ白いコックコートのシェフが顔をあげた。

 

 今では「花屋さん」より「フロリスト」と呼ばれる生花販売店。店を持たなくても、こうやって好きな仕事で収入を得ることはできる。

 生花の仕入れは今の時代、花卉市場に出入りして大量に仕入れなくても、ネットで仲卸業者に注文するだけで、アマゾンの商品が届くように届く。小ロットで仕入れられるから無駄もない。

 

 材料費は別で1レッスン5800円の生徒登録数は120名を超えた。実際1か月の間に受講するのは20名~50名とバラツキはあるが、広告を出さなくてもスモールビジネスとして成り立つ、というか、私的には大満足だ。

 

 職業を尋ねられたら

 「自営業です。フラワーアレンジメントスクールの講師をしています」

 と答える私がいる。

 

 【 Just the beginning 】から始まった

  『周囲の人たちに』『家族に』そして、なにより大切な「自分自身」に

  誇れる仕事